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zoom RSS 海開きPart1

<<   作成日時 : 2017/07/18 14:35   >>

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この夏、被災地の海水浴場で7年ぶりの海開きが話題を呼んでいる。良いニュースだ
2011年の東日本津波大震災で最も被害を受けたのは、言うに及ばず海に隣接した地域とそこで暮らす人々だ。そして、海辺で暮らしてきた人の誰の胸にもある家族や友人たちとの楽しい海水浴の思い出の場所も失われてしまっていた

私の子供の頃は、その夏 何度海水浴に行ったのかが子供たちの自慢の種だった。両親の都合でなかなか連れて行ってもらえなかったある夏、私は生白い肌が悲しくて、台所からサラダ油を失敬し、自宅二階の物干し場で身体中に塗りたくって日焼けを試みた。身体中が軽いやけど状態になって病院に行く羽目になり、母には大目玉を食らった

幼い頃は虚弱体質な上に、今で言うアトピー性皮膚炎だった私のために、父は休日だけでなく仕事を終えてからも夕暮れの人気もまばらな海に連れて行ってくれた(海水浴は皮膚病にとても良く効いた)。
さすがに子供の相手ばかりはつまらなかったのだろう。父は私に「ここを決して動くな」と砂の上に輪を描いてそこに私を座らせ、沖に向かって泳いで行った。肉眼で見えなくなるまで遠くへ…。
「もう帰ってこないんじゃないか…」と思う程心細くなった頃、いつも父は笑顔で戻ってきた。
一度、潮がどんどん満ちてきて父の描いた輪が水で消えても、寄せる波に翻弄されながらも動かず涙目で待ち続けたことがあった。戻ってきた父は、泣いている私に「バカだなぁ、なぜ海から出なかったんだ」と笑ったが、「だって、お父さんが、お父さんが…」と私は大声で泣き続けた。
その日、ずっと欲しかった"貝殻セット"を買ってもらった(私を置き去りにして泳ぎに行ったことは母に内緒にしておくという条件付きだったが…)。

年頃になると、毎年のように水着を変えたものだ。真っ赤な水着(それもお腹のところに斜めに三つ穴が空いている)を初めて着た年は、自分が大人びたような気になったものだった
金色や茶系の水着は、デパートの人工の光でこそ美しいが、浜へ出ると砂と同化して全然素敵じゃなかった ワコールで買ったスッキリ見える締め付け感のある水着は、泳ぐためのものでないことを海の中で気づかされた 黒地に真っ赤なハイビスカス柄、ブルー地に白の斜め線が入った さも泳げそうに見える水着…etc.
最後に買ったのは、トリコロール柄(フランス国旗みたいなやつ)のソフトビキニだったが、これは家族、特に娘の評判が悪かった。「それを着るなら、ママと一緒に行きたくない」とまで言われた。それでも楽しい思い出ばかりだ

気仙沼の私の泳いでいた大谷海水浴場も、お伊勢浜もまだ再開できていない。再開したら、どんなに家族が反対しても派手な水着でおよぎに行くつもりでいる。スポットライトギャラリー全員で行く強制的に行くその代わり、全員に水着を買ってあげようと思っている。
もちろん、私とK場さんの二人はビキニだ
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